チケット代は無料!? 古代ギリシャで観客はどのように演劇を観ていたかー演劇史考7ー

今回は、紀元前5世紀のギリシャ・アテネで、当時の観客が「どのように演劇を観ていたのか」を調べてみました。一問一答形式+補足で進めます。今回参考にした文献、ブログ記事は、こちらになります。

  1. 『ギリシャ演劇大全』山形治江著/論創社2010年
  2. 『ギリシャ・ローマの演劇』新関良三著/東京堂1960年
  3. 『古代ギリシア・ローマ演劇』ピエール・グリマル著 小苅米晛訳  /白水社1979年
  4. 『古代芸術と祭式』ジェーン・E・ハリソン著 佐々木理訳/筑摩書房1964年
  5. 『アテネの女性たちは悲劇を観たか?』佐藤孝志著/日本西洋古典学会公式ホームページ
  6. 『芸術と医療 エピダウロスと山吹峠』ユニコ著/劇団鳥獣戯画の俳優ユニコさんの公式ブログ

では、スタートします。

Q、何時ごろ始まったのか?
A、早朝。

Q、何時ごろ終わったのか?
A、日暮れ。

Q、一本の上演時間は?
A、(目安として)悲劇が100分、喜劇が90分、サテュロス劇が60分位。
※サテュロス劇とは、ギリシア神話の酒神ディオニソス(バッカスと同じ)の従者で酒色を好み、いたずら好きの半獣半神サテュロスに扮装した唱歌団(コロス)のディオニソス賛歌ディテュランボスがギリシア悲劇の起源とされる。これを記念して古代の悲劇競演には必ずサテュロス劇をつけるように制定されたが、ほとんど現存しない。『世界演劇辞典』石澤秀二著/東京堂出版2015年より

Q、一日何本観た?
A、5本位。

Q、なぜそんなに?
A、当時演劇鑑賞は、年二回開かれる演劇祭において行われたから。

Q、その演劇祭の名前は?
A、大ディオニュシア祭とレナイア祭。

Q、開催時期と期間は?
A、大ディオニュシア祭…三月~四月のうちの約一週間。
レナイア祭    …一月~二月のうちの数日間。

Q、一回の演劇祭で相当数の作品数になるが?
A、現代の批評家並みに観ていた事になる。

Q、客層は?
A、成人男性。

Q、女性は?
A、当時女性は公共の場(議会や劇場)に出ることを禁じられていた。多くの文献では、観客は男性に限られた、としているが、佐藤氏は、エッセイの中で、客席に女性がいた事を示すコロスのセリフについて触れている。以下。

「皆の衆、申し上げておくが、市民の方の誰一人にも嫌なこと一つ言うつもりは毛頭ない。┉┉┉┉さあみんな、男の衆も女の衆も言ってくれたらよい、もしもお金が入用だと言うなら、2ムナーでも3ムナーでもわが家にあるから。」(丹下和彦訳『リューシストラテー(女の平和)』ギリシア喜劇全集3巻81頁)より

Q、入場料は?
A、無料。観劇は当時の市民の権利であり、義務であったため国家が負担した。※上記のように、この「市民」に女性は含まれていなかった事は注意。また奴隷や外国人観光客も「市民」には、含まれなかったようです。
※ただし、資料には「外国人観光客も観劇した」というものもあります。これはもしかしたら市民が観劇券(紙ではなく鉛などを利用した)を譲渡していたのではないかという意見があります。ギリシャですでにダフ屋行為?

さあ、「パラドイ」をくぐって観客席へ…

 

Q、席は指定席?
A、全席自由席。
※ただし、最前列は指定席。背もたれやひじ掛けのある豪華な席には国家の役人である聖職者が席についたと言われています。

Q、座席数は?
A、劇場によって1万~2万席。

Q、セリフは聞き取れるのか?
A、劇場は音響工学にともなって建てられた。客席下には音を増幅させるための甕が仕込まれたという。
※舞台下に反響材として甕を仕込むのは日本の能舞台も同じですね。
※セリフが聞き取れるのか、という疑問については、にわかには信じがたいと思っていたのですが、実際に現地に行ったという劇団鳥獣戯画のユニコさんのブログを読んで納得しました。そのブログ記事はこちらです→『芸術と医療 エピダウロスと山吹峠』

Q、座席の材質は?
A、初期は木製。後に石造りへ。
※丸一日の観劇のため、市民は敷物を持って観劇したそうです。ただしいくら敷物があっても石の座席に座って4時間半の演目を観劇したギリシャ悲劇研究者の山形氏は「ギリシャまでの飛行時間15時間と同じくらい疲れ果てた」と述懐されています。

Q、図面には日よけがないが?
A、完全な野外劇場です。
※演劇祭は演劇神ディオニュソスを祀る行事だったので、当時の観客は頭に花冠をいただいて観劇したそうです。この花冠が「日よけ」の役割も担っていたそうです。

Q、雨は?
A、演劇祭の行われる冬と春。地中海性気候のアテネでは雨の少ない時期。

Q、客席で飲食できる?
A、飲食可。酒もふるまわれた。
※酒は合唱管理者がふるまった。

Q、合唱管理者とは?
A、コロス(唱歌団)にかかる費用を負担する義務を持った富裕層。
※コロスは多い時で50人。稽古の諸経費から衣装代まで相当な金額になったと言われています。

Q、コロスの担い手は?
A、市民。成人男子。
※山形氏はコロスについて、当時の執政官(アルコン)が「市民全員が平等に演じる機会を持つような持ち回り制度に従って指名したと思われる」と書かれています。50人もの市民たちが出演する演劇。ギリシャ演劇は「アマチュア市民劇」の側面も持っていたということです。

Q、コンテストもあった?
A、悲劇作家、喜劇作家、悲劇俳優の各賞が用意されていた。
※喜劇俳優の賞については不明です。山形氏は、誰が賞を取るかギャンブルの対象になっていたと洞察されています。

 

Q&Aは、ここまでです。
いかがでしょうか? 少しは当時の観客たちの様子が目に浮かんできたでしょうか?
ギリシャ時代の演劇鑑賞は、宗教儀式であり、市民行事であり、娯楽でもある、「観客と出演者が密につながった親近感のある大行事」だったようです。
丸一日観劇する観客を飽きさせないため、プログラムは喜劇・悲劇・サテュロス劇とまぜこぜにして組まれたことでしょう。逆をいうと悲劇は喜劇に支えられて、喜劇は悲劇に支えられて上演されたということです。当時の戯曲をひも解く時には、悲劇一本だけを取り出して見てみても劇の本質はつかめないようです。相対する劇も含めて考えなくてはいけません。テキストの文学的価値だけを見ても「演劇という生き物」を捉えることは出来ない。古代ギリシャの戯曲を読む時は、「これはフェスティバルの何日目、何本目に上演されたのだろうか?」という視点が必要だということが分かりました。

「チケット代無料。観劇は市民権利」と聞くと理想的なシステムのように感じられますが、そこには巌とした女性差別や奴隷制があったことも忘れてはなりません。また、貧富の差が当時からすでにあった事も間接的に物語られています。
この二つの問題は「戦争」という影で繋がっています。農耕・牧畜の発明が貧富の差を生み、貧富の差が戦争を生み、戦争が女性差別や奴隷制を生み出した。演劇はこの人間の負の生産と供に胎動期を迎えた事も、一演劇人として考えなければならない問題です。

さて、今回は長文となってしまいました。(いつも2000文字。5分位で読める内容を心掛けていますが、今回は3200文字。すみません…)

次回は、「俳優誕生の瞬間」にフォーカスします。
物語の語り手であったコロスの中から、一人の俳優が立ち上がった瞬間(第一俳優の発明)。
その俳優にもう一人の俳優が話しかけた瞬間(第二俳優の発明)。
そしてそこに他者が現れた瞬間(第三俳優の発明)。
むずかしそ~ でも手掛かりとなる人物名は知っています。テスピスさんです。紀元前534年の大ディオニュソス祭最初の悲劇俳優コンテスト優勝者。歴史と伝説の間にいるような人ですか、テスピスさんに迫る事で、「俳優誕生の瞬間」を考えられるのではないかと思っています。最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!

ディオニューソス劇場

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