韓国演劇史ーシャーマンの祭儀「クッ」について①ー能との関連・ギリシャ悲劇との比較など

はじめに

これは、2017年に始めた演劇史の勉強の続きです。その時は古代ギリシャの演劇について調べました。今度は韓国の演劇史、その中でもとりわけ伝統的な演劇について考察し、演劇の起源について思いを巡らせてみたいと思います。その中に「人間とは何か」という問いに対するヒントが内包されているはずですし、新作への手がかりも含まれているはずです。新しい演劇は、最新のテクノロジーや奇抜な筋運びから生まれてくるとは思えません。それよりも「人はなぜ集い、虚構を共にするのか」という根源的な問いかけの中から生まれてくると思います。それには過去に遡るのが一番いい。2019年10月には韓国を訪問します。ここで調べた事のいくつかを実際に体験できたらどんなにいいだろうと願いながらの勉強です。

※表記について…名称の中には当然日本語の発音にないものもあります。(小)という表記は、その前の文字を小さく発音する事を意味します。
※2019年10月1日、一部文章を訂正しました。

参考文献

  • (1)『韓国演劇史』ー伝統と現代ー
    徐 淵昊Suh,Yon-ho著
    伊藤好英・村上祥子共訳
    朝日出版社   2009年
  • (2)『朝鮮半島、インド、東南アジアの詩と芸能』アジアの芸術史文学シリーズ「上演編弐Ⅱ」より
    赤松紀彦編
    芸術学舎       2014年

シャーマンの祭儀「クッ」

芸能の多くは祭祀儀礼に起源します。朝鮮半島でも農耕が成立する以前、すでに豊猟、豊漁を祈って祭祀を行い、その中で踊りを行なった痕跡があります。農耕が盛んになり部族国家が形成されると、それぞれ祭天儀式を行なっておりました。祭天儀式は、豊作を祈願する呪術宗教的な行事であって、ここから神話・伝説・歌謡・舞踏などの原始総合芸術が胚胎したと思われます。(2)

韓国においてシャーマンの祭儀を「クッ」といい、クッを主催する司祭をムーダン(巫堂)という。クッを行うにはまず信仰対象としての神がいなくてはならず、次に神を信じる信徒がいなくてはならず、その次に神と信徒の間を媒介する専門的なムーダンがいなくてはならない。クッは、この三者の緊密な相関関係によって成り立っている。(1)

クッを行う時にムーダンは神と信徒を媒介するとのことですが、その時にムーダンが神(祭壇)の方を向いているのか、信徒の方を向いているのかということが私は非常に気になります。それは神が人を集めさせたのか、それとも人が集まるために神が作られたのか……という問いに繋がるからです。
神楽は「神を楽しませる」と書きますが、私が大鳥神社(東京豊島区南池袋)の神楽殿で観たものは、観衆に向いて舞っていました。
能の中でも別格の扱いを受ける祝言曲「翁」も、観客(人)に向かって行われます。
先日(2019年9月7日)、東京杉並区馬橋稲荷神社で舞楽『蘭陵王』の奉納を本殿の外から観ましたが(氏子中以外は中に入れなかった)、驚くことに演者は氏子に背を向けて舞っていました。しかしその舞の中には回転する動きが多用されており、私は、「舞の中に回転する動きが多用されるのは、神にも観衆にも姿を見せるようにするための動きなのではないか」と想像したりしました。クッの場合はどうなのでしょう。気になります。

クッの分類

クッは大きくは以下の3つに分けられ、その中でさらに細かく分類されているようです。

  1. ムシンクッ…ムーダン自身のために行うクッ
  2. チプ(小)クッ…家人のために行うクッ
  3. マウル(小)クッ…村人たちのために行うクッ

ムシンクッの中の分類

  • ネリム(小)クッ…ムーダンになろうとするものに対して、既成のムーダンが神が来臨するようにと行う
  • チンジョク(小)クッ…ムーダンたちが自分が仕えている神のために定期的に行う

チプ(小)クッの中の分類

  • ノク(小)クッ…亡くなった人のために行う。非業の死を遂げた人や不幸な死に方をした人の魂を慰めあの世に引導してやるために行われる。
  • ピョンクッ…病人のために行う。患者を治療する目的あるいは快癒を祈るために行われる。
  • チェスクッ…日常生活の幸運と幸福・成功を祈願する。家族や個人の幸運を祈願して、時には非常に利己的な欲望を達成しようとする意図で行われる。まだ生存している老人の長寿を祈るために子ども達がムーダンを招いて行うこともある。

ノク(小)クッの記述を読んでまず連想したのは能ですね。世阿弥が確立したと言われる複式夢幻能の原型は、イタコによる口寄せだと思っていましたが、それも大陸を渡ってやってきた文化なのかどうか……
いずれにしても鎮魂の儀式には死者との対立構造はありません。対決して成仏させるのではなく、死者の言い分を歌や舞いも含めて思う存分語ってもらって成仏してもらいます。私はこの儀式の中に新しい物語の形を見ています。善悪という対立構造が古いことはもうみなさんご承知の通りですよね。その後は「悪をいかに善として描くか」ということに作家たちは苦心してきました。しかし、善悪という概念自体がそもそも必要なのか。それは農耕とともに起こった膨張する国家意識の副産物なのではないか。2017年に出版された松村圭一郎著『うしろめたさの人類学』ミシマ社の帯に京都大学総長の山極寿一はこんなコメントを寄せています。

ー社会を変革する道は「うしめろたさ」に気づき、境界を引き直すことだという提言は、物欲と孤独に疲れた日本の新しい論理になるだろうー

私もまだうまく説明できません。ただ複式夢幻能が「うしろめたさ」に起因する表現であることは分かります。そしてうしろめたさとは共感力のこと。つまりヒトがヒトになるときに獲得した力の発露が複式夢幻能なのです。そしてその起源は朝鮮半島にも見ることができる。今はこのことで十分です。

マウル(小)クッの中の分類

  • 定期祭…毎年行われる。
  • ピョルシンジェ(別神祭)…何年かおきに、あるいは特別に行われる。

マウル(小)クッは、言葉通り村人全員の災厄を払いのけ、安寧を祈り、豊年と豊漁と多産を祈願する祭儀。古くから韓国では、どの地域のどの村でも、村を守護する代表的な男女神が存在した。そして、その神を祀る祭堂あるいは祭壇が村の周辺部に設けられ、多様な祭儀が継承されてきた。地域ごとに、また職業によって生活方式や生産物、生産方法などが違うので色々な信仰の制度が発達した。(2)

能の「翁」は出自が不明だそうですが、マウル(小)クッの説明を読んで私が連想したのはこの「翁」です。2019年1月、私は矢来能楽堂で能の翁を観ました。これは一体どう観れば楽しめるのかと正直戸惑った演目でしたが、それはおそらく私が「翁」を興行として観てしまったからなのでしょう。コミュニティの祭儀行事として観れば話は全然別だったのではないかとマウル(小)クッの説明を読んで考えました。

ムーダンは一般的に女性

ここでもう一つ気になる記述が出てきます。

ムーダン(巫堂)とは、女性のシャーマンを指す。男性のシャーマンはパンス、パク(小)スと呼ばれる。一般的に韓国では女性のシャーマンが大部分を占める。(2)

これは面白い! ここで私が連想したのは、沖縄のノロ、ユタ、青森のイタコの存在です。日本においてもそれらの役割は女性が担っていますよね。そして「クッを主催する司祭」という言葉には卑弥呼を連想しました。反対に日本の能楽師・狂言師・歌舞伎役者・文楽の人形遣い・義太夫などは、男が担ってきたという歴史があります。これはどういうことなのでしょう。海を飛び越えてシェイクスピアの時代について考えてみれば、当時は男だけが演じ、女性の役は少年が演じていたことは広く知られています。古代ギリシャの俳優「ヒポクリテス」も男の職業でした。私はここで、農耕社会の発展が男性に優位な社会システムを構築し、演劇もその煽りを受けたのではないか、というここ数年考えていることを今一度思い出します。どうして農耕社会の発展が男性に優位な社会システムを構築するかというと、農耕社会は土地所有の問題を内包しているため戦争とは切ってもきれない存在だからです。戦争で活躍するのは力の強い男ですから、自然男性に優位な社会システムが作られていきます。ここまではいいですよね。ではその事と、古代において儀式のマスターを女性が担っていたということをどう繋げて考えるか。
近代になって「女優」が男女平等を希求する動きの中で復活し、今や現代演劇においては当たり前の存在になりました。しかし、それが本当に女優の潜在能力を引き出しているということになるでしょうか。いや、これ相当突き詰めたことを言っていますよ。一般的には別にいいんです。いい女優さんはいい女優さん。そうじゃない人はそうじゃない人。男と同じでいいも悪いも一緒です。でもこの韓国演劇史の記述を突き詰めて考えてみてどうかとなれば疑問は残ります。つまり、現代はまだ男性優位社会の延長線上にしかない。そこから「男女平等」とか、それらしいことを言って男性が持っていた権限を女性に分け与えているだけで、もっと根本から問い直すこともできるんじゃないかと。ちょっと乱暴に飛躍しますが、ムーダンやノロが持っていたであろう「共鳴力」こそが俳優の本質なのではないか、と私は考えています。
断っておきたいのですがこれ、別にスピリチュアルな問題でもなんでもありません。先ほどの「うしろめたさ」も文化人類学者たちは、科学的に説明してくれます。松村さんも山極さんも複式夢幻能と繋げて考えられているわけではないのですが、私にはどうみても繋がっているように見える。ですから、このムーダンやノロやイタコが持っていた力を、我々ホモ・サピエンスが群れ社会を構築する上で獲得した共感力として捉えれば、また新たな発見があるのではないかと思えてくるのです。それには言葉のない狩猟採集生活を行っていた人々が集まって何をしていたか、ということを考えるのがいい。そういう意味で演劇史を読み解くことは非常に興味深い。演劇には、文字を発明する以前の人々の営みを連想させる肉感的繋がりが内包されているからです。
そして私は現代演劇人です。こうして起源を辿りながら同時に、今演劇に価値はあるのかということを同時に考えたい。俳優本来の姿に思いを巡らせながら、自分の作品で出演してくれる俳優たちに何を求めていくか、一緒に何を作ろうとしているかを明確にしていく必要もある。その意味で、ムーダンについて考えることは非常に意味があることだと思っています。

飲食付きのイベント

クッの記述を見ていくと「飲食」という文字が散見されます。

夫余(プヨ)では十二月に迎鼓(コンゴ)を催し、天に向かって祭祀をあげた。天神を迎える音として太鼓を打ったところからつけられた名称である。この大会は、何日間も飲食して歌い舞う一種の部族の祝祭であった。(中略)
濊(イエ)では、十月に舞天(ムテン)という大会を開き天に向かって祭祀をあげた。昼夜を問わず飲食して歌って舞った。(中略)
馬韓(マハン)では、五月に播種が終わると神祭りを行う。人々が群れをなして集い、歌い舞い酒を飲んで昼夜の区別がなかった。(2)

ムーダンは、神と人間の間の媒介者となり、歌舞をもって神を迎え入れたり、トランス状態に入って、神託を伝えたりもします。クッは元来、信仰儀礼ですが、音楽・舞踊・演劇などが含まれた、いわゆる未分化の総合芸術でもあります。祭祀を行うにあたり、部族全体こぞっての「飲食歌舞」が原始民謡舞踊となり、また儀式でムーダンが謡う民族叙事詩が朝鮮文学の濫觴(らんしょう)になるものです。(1)

ちなみに、プヨ・イエ・マハンとは古代朝鮮の地域を指した言葉です。日本が倭と呼ばれていた時代のことですね。

芳瑩(ほうえい)さんのブログより

この「飲食付き」という言葉も注目に値します。ここで食べられていたものは何だったのでしょうか。肉か米かという問題です。
例えばギリシャ悲劇祭のオープニングにはヤギが一頭生贄として捧げられました。探検家の関野吉晴さんは、世界各地のプリミティブな生活を送っている先住民たちとの食事を語る際に「肉は特別な食べ物だ」とよく言っています。例えばアラスカのエスキモーがクジラを獲った時には本当に集落をあげてのお祭り騒ぎになるようです。クジラを発見し、皆で狩り、それを持ち帰ってナイフを入れ、食卓を囲みながら喜びを分かち合う。この中に共同体のネットワークを強化する営みが内包されているんですね。これは肉の場合の話ですが、米にしても田植えには集落あげての共同作業がつきものです。「飲食付き」という言葉には、ネットワークの強化・確認という意味合いが強く結びついていたのでしょう。あとはお酒。ギリシャ演劇は酒による集団的陶酔の中から生まれたという話があります。

日本の祭りにも酒はつきものですが、朝鮮半島においてもそれは例外でなかったようです。

夜通しのイベント

また、クッは夜通しのイベントでもあったようですね。

クッは昼と夜にかけて進行されるが、昼よりは夜のクッがより本質性を感じさせてくれる。火に関連した儀式の残存は、クッが本来夜に行われたということを立証する。クッが夜の時間を選択するのは、日常的である昼と区別される時間、すなわち、現実界の日常的な時間ではなく違う時間、聖なる時間、どんな根源的なものとも通じる時間であるからである。(2)

これについても考えてみたい!
昼行性の初期人類にとって夜の闇は肉食獣など危険にあふれていました。我々が闇に様々な想像を膨らませ恐怖してしまうのは、危険に対しての自己防衛本能です。闇を恐れない子どもはいないことから見ると、これは人間にデフォルトでインストールされているアプリケーションのようなものだと言っていいと思います。しかし面白いのは、我々はこの恐怖する感覚を時に楽しんでいるということです。ホラー映画を観たり、お化け屋敷に入ったりと、我々はわざわざ恐怖体験にお金や時間を割いています。それは何を意味しているのでしょうか。そのことを考える時に、「クッの本領がよる発揮された」という記述は、一つのヒントになります。人の想像力は闇の中に源泉を持っているということではないでしょうか。初期人類は闇から身を守るために恐怖心という防御本能を得た。それは、個人の体験によらずある年齢(乳幼児)で発露するように作られた。そして、恐怖心は想像を通して発露した。現代の大人たちは闇を恐れなくなっています。しかしそれは我々が闇を克服したのではなく、単純に闇に触れる機会が減ったからそう勘違いしているだけだと思います。私はこの夏あることから秩父の山にソロキャンプに出かけました。まだ7月で他の宿泊者がいなかったので夜は一人でした。外は真っ暗です。これ、やっぱり恐いですよ。「幽霊は生きている人が作り出すもの」と頭で分かっていてもトイレに行くのはラクじゃない。笑
でも二泊三日のソロキャンプに満足感を与えてくれたことの要因の一つにこの恐怖感は大きく寄与していたんじゃないかと今となっては思うんです。つまり、人間にデフォルトでプリインストールされているアプリは時々使わないと生きている感覚がおぼろげになるのではないか、ということです。恐い話は一人で聞くよりみんなと聞いた方が盛り上がります。これも共感力が深く関係しているんでしょう。クッが夜通し行われているということは、単純に恐怖体験ということではないと思いますが、人の想像が最も花ひらく時間帯、つまり闇の効果をうまく使っていたということはあると思います。じゃあ、こんなことが連想されてきます。

舞台照明って本当は役者を照らすためじゃなくて、光に対して闇を際立たせる、つまり影を作るためなんじゃないかと……

ボクは正直、照明が舞台を煌々と照らし反対に客席の明かりを落としてしまったことに演劇が大衆から離れてしまった一番の理由があると考えています。でも闇を作るための照明なら面白そうだなあ。

どうでしょう。こんなことを考えるとクッについて考えることってとっても面白いことだと思いませんか? まだクッを観てもないのにこんなこと言っていいか分かりませんが。汗

というわけで今日はここまで。

次回は、岩に描かれた韓国における初期演劇の形と、クッのその後の歴史について見ていきましょう。

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