レポート『現代演劇人の宿命』~人形劇に関する海外論文を読み解く~

こちらのレポートは日本ウニマ(国際人形劇連盟日本センター)の勉強会「セミナーVOL.3」2015.11.3で発表したものです。我ながら生意気な文章ですがその時は必死でした。自分の所信表明としてブログにもアップしておきます。

ファブリッツィオ・モンテッキ氏が「テアター・ラルカ」に寄稿した人形劇人養成に関する論文『技術の役割』は、人形劇人だけでなくすべての表現者に表現することの本質を考えさせてくれる。氏の論文を読み解いていくことで表現とは何かを考えたい。まずは本文を引用する。

『技術の役割』 ファブリッツィオ・モンテッキ

各々の技術には各々の形而上学がある。

私はワークショップの最後に必ず、知っていることは何でも伝えるし、秘密はすべて見せるし、隠し事はしませんねと言われます。それに対して、隠さない理由は単純ですと答えます。私の唯一の本当の秘密は、これらすべてが実は私にとっても謎だという感覚なのです。つまり、私たちにはみな同じ技術が手掛かりとしてあるのだから、本当の謎は、自分は何者かという問いにあるのです。この疑問があるからこそ、芸術表現というレベルで多彩かつ独自性の高い現象が生まれるのです。

そうでなければ、単なるアカデミックアートを超えることはできないでしょう。イタリアの建築家Aldo Rossiによれば「アカデミックは価値の衰退と定義され、想像力を拒否する技術が芸術に適用される」。芸術における想像力は、技術的な知識と個人的な経験が混ざったところから発生します。

「すべての芸術は自伝的だ」

技能は、個人史や感受性や世界観と合わさってはじめて表現手段になります。

技術の完成度を高めること自体は芸術ではなく、せいぜい形式の徹底的な練習あるいはアカデミックな実践でしかありません。

私がなぜこう言うかというと、影絵劇でも人形劇でも技能は基礎として不可欠だからです。けれどもそれは芸術創造の手段であるべきで、けっして(しかし、よくあることですが)それ自体を目的にしてはならないのです。

自分の技術的な知識を伝えようとする芸術家(教師)が直面する問題は、

どのように実験を後押しするか、科学的なやり方でどうやって創造性を解き放つか、しかも、自分の信条を主張して人の行動を規定してしまうわけにもいかないのです。芸術創造における技能(技術)のあるべき役割はどうしたら理解できるでしょうか。ばかばかしい自分語りはどうしたら避けられるでしょうか。

芸術的な責任を背負っている教育者は、大原則を守るためにあらゆる努力をしなければなりません。その原則とは「我に技あり、ゆえに我あり」。

※改行および下線は西上によるもの

 

ご覧のようにモンテッキ氏の論文は一見すると飛躍に満ちていて読みづらい。

そこで本文を解体してパーツに分けて整理し直してみる。以下は本文に引いたアンダーラインの抜粋である。

  1. 各々の技術には各々の形而上学がある。
  2. 本当の謎は、自分は何者かという問いにある。
  3. アカデミックは価値の衰退。
  4. 芸術における想像力は、技術的な知識と個人的な経験が混ざったところから発生する。
  5. 技術は、個人史や感受性や世界観と合わさってはじめて表現手段になる。
  6. 技術の完成度を高めること自体は芸術ではない。
  7. 人形劇で技術は、基礎として不可欠。
  8. けっして技術自体を目的にしてはならない。
  9. ばかばかしい自分語りはどうしたら避けられるか。
  10. 「我に技あり、ゆえに我あり」これこそが大原則。

一つずつ順番に考えていきたいが、1と2は哲学めいているので飛ばす。

技術の鮮度

まずは、3「アカデミックは価値の衰退」について。

この一文はモンテッキ氏がイタリアの建築家アルド・ロッシの言葉を引用したものである。ここでいう「アカデミック」とは、生み出された技術が時を超えて多くの人々のスタンダードになり、「知識」として組み入れられたもの、と考えていいだろう。そのアカデミックを「価値の衰退」と言い放っているのは、技術というものは生み出された動機・背景が重要であり、その根本的思想を抜きにして用いてもそれはその技術の持つ力を100%発揮することは出来ないということだろう。

例えばケコミ芝居。多くの人形劇団がケコミを用いた人形劇を上演しているが、この「ケコミ」という技術の生まれた背景を考慮した上で「ケコミ」を選択している創造団体は果たしてどれくらいあるだろうか。大袈裟な物言いをすると「ケコミ」とは人類の発明の一つである。「ケコミ」を用いて遣い手を隠すことで人々は「人形がより生き生きと動く」ことに気が付いた。もちろん人形は生きていない。人形が生きているように感じるのは人間の生得的な想像力が喚起されたからである。ヒトは樹上生活をやめサルから分かれた。その際に予測する力「想像力」を手に入れたのではないかと言われている。雲の流れを見て天候を予測する、暗闇に浮かぶ二つの光るものを見て危険な肉食動物の存在を予測する。想像力がこれらの予測を支えた。我々が幼少の頃、学校のトイレの天井のシミや古木の幹に顔のようなものを発見して怯えたのは、この想像力が遺伝子レベルで組み込まれているからなのである。この反応と人形劇は無縁ではない。無縁どころか、人形劇の面白さの大半はこの想像力からなっている。人形劇はその名の通り、多くの場合、物語の形を取っているが、物語の面白さとは別のところで、人形が生きて動いて見える瞬間があるというただそれだけで、我々はある種の喜び(時には畏怖)を覚える。ケコミという仕掛けはこの想像力が遺憾なく発揮されることに大きく寄与し、一つのスタンダードになった。
しかしそのケコミ芝居が現在では「古い」と言われることが多くなってきた。代わりに遣い手を見せる「出遣い」の形が増えている。しかし、ケコミが本当の意味でスタンダードであるならば、人間の生得的な想像力を刺激出来る表現方法であるのならば、そこには古いも新しいもない。「古い」などと烙印を押されてしまうのは、ケコミ本来の目的を考えず、ケコミを成立させるための細部の約束事にとらわれてしまって、その本質を理解出来ていないからではないか。すなわちこれこそがモンテッキ氏の引用した「アカデミックは価値の衰退」だろう。技術を単に知識として用いた瞬間、その技術本来の価値は損なわれてしまうのである。したがってケコミ芝居を行う者は「なぜケコミなのか」を常に考えなくてはならない。
ここでは例をケコミという一つの表現方法に取ったが話は人形デザインにしても変わらない。「うさぎを描いてください」と言われてミッフィーちゃんのようなうさぎを連想してそのまま描いてしまうような人は人形美術家としてはいただけない。ミッフィーちゃんが生まれた背景にはデザイナーであるディック・ブルーナーによる「如何にシンプルなデザインと色使いの中でウサギを再現するか」という闘いがあったはずである。その戦いを抜きにして現実のウサギを見もせずにミッフィーちゃんの二番煎じ、三番煎じのようなウサギを描いてしまうということも「アカデミックは価値の衰退」と同じ事である。にも関わらず日本全国は今ゆるキャラブームで湧いている。三番煎じ、四番煎じとしか思えないキャラクターが巨額の資本を動かしている。十年後にそのキャラクター達はどこに行ってしまうのだろうか。我々日本人は特にこの「アカデミックは価値の衰退」について注意しなければならない人種かも知れない。

技術と思想は車の両輪

次に4から8はまとめてみてみたい。

4、芸術における想像力は、技術的な知識と個人的な経験が混ざったところから発生する。
5、技術は、個人史や感受性や世界観と合わさってはじめて表現手段になる。
6、技術の完成度を高めること自体は芸術ではない。
7、人形劇で技術は、基礎として不可欠。
8、けっして技術自体を目的にしてはならない。

4と5は基本的に同じことが述べられている。芸術において技術と思想は、車の両輪のようなもので、どちらかが欠けると脱輪事故を起こしますよ、ということだろう。

6から8は技術についての注意事項だ。当たり前すぎるほどの正論だが本当に自分が実践できているかと言うとこれがなかなか難しい。6から8を額面通りに受け取ると当たり前のことであるのだが、具体的に考えていくとその難しさにハッとさせられるからだ。

テクニック

「手で喋るな」「いちいちうなづくな」「無駄に動くな」

これは私の知る人形劇遣いが、棒遣い人形を持った際に先輩より口うるさく言われた技術についての注意事項である。先輩が解説するには「私たちは普段話す時にいちいち手を動かしたり、うなづいたりしないでしょ?」ということらしい。これは確かに納得出来る説明であるがよく考えるとおかしいことに気が付く。というのも、この先輩の言い分では、人形の動きは普段の我々の動作を参考に作られることになるが、それでは話をしている時の「呼吸」はなぜ表現されないのか? ロボット工学者の石黒浩氏は人間に酷使したアンドロイドを作る際に一番重要視したのは肩の動きであると言っている。人間は息をする度に肩甲骨が動いて肩が上下する。石黒氏はこれを真似るためにアンドロイドの肩の部分に四つの空気アクチュエータを用いたと著作の中で述べている。(「ロボットとは何か」石黒浩著 講談社現代新書より)

人形とアンドロイドは別物だが「人間を感じさせる」という意味においては同じ挑戦を続けている。しかし人形劇の上演中に始終肩を動かし続ける遣い手はいないだろう。先の先輩から言わせるとそれは「無駄な動き」に属するものになると思われる。ではその境界線はどこに引かれるのか?
人間の動きを参考にしながら真似るところと真似ないところの差は?「呼吸」を指摘して話が極端になりすぎたかも知れない。しかし極端な事例を持ち出してでも私が考えたかったのは「自分の用いているテクニックにどれほど自覚があるか」ということである。我々現代演劇の表現者はこれといった決まり事に制約されることなく自由に創造活動を展開できる。しかしその代わりに自分の創造的選択にはどんな些細な事でも責任が生じている。

「技術自体を目的にしてはならない」という意見に口先で同調するのは簡単だが、自分が選択した技術を説明出来ないようでは、その立ち位置はあやしいものと言わざるを得ない。モンテッキ氏のこの注意は簡単なようで実はとても厳しいものなのである。では、この厳しい注意に対して我々はどう取り組むべきか。

「技術を伝えたい事のために用いる」。

この意見はいかにも技術と思想のバランスを保った正解のように聞こえるが、私はこの回答は「技術自体を目的にしてはならない」という事への処方箋にはなり得ないと考えている。というのもこの考えは「技術自体を目的にしてはならない」という言葉を「思想なんかなくたってテクニックさえあればいいんだぜ」という技術偏重者への戒めの言葉としてとらえた前提に立っているが、私は氏のこの言葉は、技術の枝葉末節にとらわれて迷子になってしまっている生徒への呼びかけの言葉だと思うし、そう捉えた方が我々にとって実用的だ。

では、技術の細かな取り決めに呑み込まれて迷子になってしまった人はどうするべきか。

私は「アカデミックは価値の衰退」を考察した際に、それは技術の本質をとらえること、すなわちその技術の生まれた動機・背景を見ていくうえで発見し、自分のものにしていくしかないと述べた。しかしそれとは逆に、技術に対して「なぜ?」という疑問を抱くことなく学び、迷子になることなく立派な表現者になっている人たちが日本にはたくさんいることを思い出してしまった。それは梨園の人々。歌舞伎、狂言などの伝統芸能の世界の役者たちである。一度その人たちの成功例を眺めてみることで、角度を変えて技術に対して考察してみたい。

伝統芸能の世界

2004年にNHKで放送されたドキュメンタリー番組「小さな狂言師・誕生-野村萬斎 親子三代の初舞台」には、狂言師野村萬斎の子息、野村裕基(ゆうき)くん三歳(当時)が「靭(うつぼ)猿(ざる)」で猿の役を披く(ひらく)までの様子が克明に描かれている。この中で父萬斎が裕基くんに猿の所作を教える場面がある。猿があっちに寝転がってアゴを掻き、こっちに寝転がってお尻を掻く、という場面、裕基くんは萬斎氏の動きを見様見真似で演じてみせるのだが、左右の手の動きが逆になってしまう。萬斎氏は「最初右手、次が左手」と言うのだが裕基くんは直らない。実は裕基くん、まだ「右」「左」という言葉を知らないのだ。よってその概念もない。左右の概念を獲得するより先に所作を教え込まれ、自転車に乗るより先に舞いを叩きこまれるのが伝統芸能の役者なのである。ちなみに狂言の役者は稽古でテキストを用いないという。すべて口伝で師匠の発音した通り、同じ呼吸・同じ高低・同じ強弱で発音することが求められる。その間師匠が言葉の意味、意図する雰囲気を説明することはなく、そんなことよりも自らの発声に対しての精密で絶対的な一致を求める。たとえば「もっと感情を込めて」などという指図を弟子に与えることは絶えてないそうだ。(「能・文楽・歌舞伎」ドナルド・キーン著 吉田健一 松宮史朗訳 講談社学術文庫より)
これとよく似た場面は歌舞伎の世界でも見ることも出来る。

2013年に公開されたドキュメンタリー映画「中村勘三郎」には、「仮名手本忠臣蔵」の稽古風景が収められている。その中で十八代目中村勘三郎が座長として息子である中村勘九郎(当時勘太郎)に鋭い口調で「もっと肩を動かしなさい。動かしなさいよ。動かせって言ってんだ!」と指導する場面がある。これは塩冶(えんや)判官(はんがん)に扮する勘九郎が侮辱され涙する場面なのだが、頭を下げて泣いている勘九郎に対して「それじゃ分からない。肩で泣け。TVじゃない。」と手厳しい。稽古後、ダメ出しを受けに来た勘九郎に言う勘三郎の言葉が興味深い。「君は一生懸命気持ちを作ってるだろ?でもそれが見えないんだ。気持ちを作って、ハイよ~いスタートっていうような映画じゃないんだ。何も考えてなくても出来なきゃだめなの。」勘三郎はそう言って即座に塩冶判官の涙する場面を演じて見せる。そしてすぐに素に戻り「今おれ気持ち入れてないんだ。それでも出来ちゃうの。これが歌舞伎。瞬間芸なの。泣きながら『今日ハンバーグ食べよっかな…』って考えてても泣いて見えるんだ。」と言う。誤解を招きたくないので断っておきたいが、これは歌舞伎の名人を語るときによく言われる「名人たるもの、気持ちなど入れないで客を泣かせてなんぼ」という質の話ではない。勘三郎は真面目すぎる勘九郎に対して極論を用いだけのことであり、実際に勘三郎や勘九郎が「今日何食べよっかな」などと観客の前で演技をする事は絶対にないだろう。

ここで面白いのは、勘三郎が芝居をどこで作ろうとしているかという事だ。つまり塩冶判官の悔しさはどこにあるか。勘九郎は自分の「気持ち」の中に塩冶判官の悔しさを作った。しかし勘三郎は「肩を震わせる」という「形」の中に塩冶判官の悔しさを作れと言う。「気持ち」と「形」。これは言い換えると塩冶判官の悔しさを演者自身の中に作るのか、観客の中に組み立てるのか、ということが出来るだろう。勘三郎は前者の演技を映画やTVの演技と言い、歌舞伎は後者であり別物であることを勘九郎に伝えようとしているのである。観客の脳の中に芝居を組み立てる。これこそが歌舞伎の真骨頂であり、それを可能にする「形」を歌舞伎は長い年月の中で数多く獲得してきた。これこそが「型」と呼ばれるものであり、親から子へ、そしてそのまた子へと、肉体から肉体を通して伝承されてきたものなのである。

この「型」の中に人々の想像力を無限にかき立てる秘密があることは、実際に歌舞伎や狂言の舞台を観れば感動を持って知ることが出来る。歌舞伎十八番「鳴神」の幕切れなどはその最たるものであり、鳴神上人が自分を騙した雲(くも)の(の)絶間(たえま)姫(ひめ)を追いかけて六方を踏んで退場していく様子などは、人間を超えた大きな存在を我々に感じさせてくれる。

この「鳴神」の稽古場において弟子が「なぜこの退場で六方を用いるか」などと師に質問することは絶対ないだろうし、「そもそも六方とはなんですか?」などと聞いた暁には師への反逆ととられ、下手をすると破門されるかも知れない。弟子は余計な考えを入れずに師の一挙一動を全身全霊で写し取りそれをそのまま再現することが求められるのであって、自分の解釈や技術への考察などは不要なのである。

歌舞伎の筋書きには初役を勤める役者の心構えが掲載されるが、そこには必ず「○○(師)に教えられたとおりに勤めます。」と書かれている。それは若い野心家の俳優であっても例外ではない。これが現代劇のパンフレットの役者の欄に「演出家に言われたとおりに演じます。」と書かれていたら私たちはその役者を軽蔑するだろう。ここに伝統芸能に身を置いた役者と現代劇の役者の一番の違いがある。つまり「個人」の捉え方である。「個人」より大きな「型」の中に身を置いているのが伝統芸能の役者だということだ。つまり彼らが表現者として迷子にならないのは「型」という道しるべを持っているからなのである。所作・立ち位置・目線・呼吸、それらの事細かな指定のすべてに数百年間にわたって人々の想像力を喚起し続けてきた表現の普遍性が内包されている。

自由と孤独

では我々はどうか。我々はこのような「型」を持っているのだろうか。「型」の中に身をおけるほどの激しい訓練を幼少時より積んできたのだろうか。残念ながら答えはNOである。我々は皆自らの人生を「個人」として捉え、人生は自ら切り開くものという大前提の元に自ら表現の世界に足を踏み入れたのだ。「型」を肉体で学ぶには大人になり過ぎていた。よって立てるのは自分という「個人」しかないのだ。これが現代劇に携わる者たちの宿命である。取り決めは何もない。何事も我々を制約しない。我々は自分の思うように作品を作り、演じる事が出来る。自由がある。しかしその自由は反対に孤独であることを意味する。我々は自分を規定してくれる物差しを持たない。「何をやってもいい」と言うのは重力すらない宇宙空間に放り出されたようなもので、とても恐いものなのである。

そんな宙ぶらりんなところで自分を保ち続けていかなくてはならない。中にはこの孤独感に耐えられなくて、自分を規定してくれる物差しを集め始めてしまう人たちがいる。それが「技術の目的化」の正体である。技術の本質ではなく、枝葉末節を順守していれば少なくとも孤独を正視しなくてすむからだ。そしてこの孤独への不安が、技術ではなく反対に自分の方に向く場合もある。それが、9「ばかばかしい自分語りはどうしたら避けられるか。」のことである。

自分語りについて

現代演劇は確かに「何をやってもいい」。しかし、この「何をやってもいい」中から人々の共有財産になるようなものを発見するにはよほど目が肥えていなければならない。そこで個人の「価値観」や「感受性」「人生経験」が重要視される。これらが「何をやってもいい」という自由に対してアプローチするための重要な視点、糸口になるからだ。この視点への需要が「演出家」という形となって現れたのではないか。今でこそ「演出家」と言えば演劇において欠かすことのできない役職だが「演出家」という職業は演劇史の中では二百年に満たない新しい職業に属する。ここで演劇史に言及することはしないが、現代演劇というものは「個人の視点」を持った演出家の出現と切っても切れない関係があることは間違いないだろう。

この「個人の視点」を勘違いしたものがモンテッキ氏の言う「自分語り」なのではないか。本来ならば皆で何事かを考え合う、感じ合うために用いられるべき「個」という視点が、歪められて「個」そのものに脚光が当てられ、「自分をさらけ出すことこそが芸術だ」と考える者が出てきてしまう…これも結局のところは現代演劇の孤独に耐えられなかった一つの症状として、とらえられるのではないだろうか。

養成所に出来ること

モンテッキ氏の論文をもう一度ご覧いただきたい。

どのように実験を後押しするか、科学的なやり方でどうやって創造性を解き放つか、しかも、自分の信条を主張して人の行動を規定してしまうわけにもいかないのです。芸術創造における技能(技術)のあるべき役割はどうしたら理解できるでしょうか。ばかばかしい自分語りはどうしたら避けられるでしょうか。

人形劇だけでなく現代演劇の養成所の抱える難しさはすべて「個人」の抱える「自由と孤独」に起因する。「技術の目的化」や「自分語り」が芸術ではない事を伝えるためにはそれそのものを指摘しても問題の解決にはならない。「自分語りになってるよ。」と言われれば、その生徒は固く心を閉ざしてしまいかねない。養成機関において重要なのはまず、我々の立ち位置を示してあげることではないか。我々が現代演劇に属する事、養成機関で様々な技術を教えることは出来る。時には伝統芸能を体験することもあるかも知れない。しかしすべては「あなた自身」がそれらの技術について考察し、責任を持たなくてはならない事。そして表現すべき何事かについては何も教えられることはなく「あなた自身」があなたの人生の中で準備しておかなくてはならない事。「自由と孤独」を受け入れる事が現代演劇のスタートラインである事を養成機関は初期段階において生徒に伝えてあげるべきだ。それもこのように言葉で伝えるのではなくワークショップや作品作りなどの体験を通して生徒自身が自ら発見出来るような場を提供してあげられたらなおいい。

これから人形劇を始めようとしている若者にいきなり「孤独を知れ。」と言うのは冷たいようだが、これは仕様がない。根本を考えることをせずに現代演劇の上汁(うわじる)だけをすすって十年二十年というキャリアを重ねてしまうよりはるかにいい。

とはいえ、生徒を真っ暗な「孤独」の中に叩き込むことに変わりはない。これだけでは辞める者続出である。養成機関にはその後のフォローが求められる。「孤独」に打ち克つ方法を示さなければならない。その方法が「技術」そのものではないことはすでに述べた。では一体なんだろう。何が「孤独」に光明を見出してくれるのだろう。

孤独に打ち克つために

その方法についてはモンテッキ氏の論文にすでに書き込まれている。

10、「我に技あり、ゆえに我あり」これこそが大原則。

2、本当の謎は、自分は何者かという問いにある。

 

というのがそれだ。

まずは10から。まるでとんちのような言葉だが、「技」の部分を「型」と置き換えると少し分かりやすくなる。「我に型あり、ゆえに我あり」。
「型」という技術の中に人間の想像力を刺激する要素が多分に含まれていることは先に述べた。その事を踏まえるとこの言葉は「私には、人間の想像力を刺激する技術がある。そしてその技術が刺激する想像力の中に私という人間がいる。」と置き換えられるのではないか。次に2を見て欲しい。「本当の謎は、自分は何者かという問いにある。」
この「自分は何者か」という問いは、「自分探し」などという個人レベルでの問いではない。例えば素晴らしい芝居を観て思わず涙を流してしまう。その芝居がフィクションであることはもちろん分かっているし、業界人である我々はその芝居がケコミ芝居であるならば、衝立の向こうで人形遣いがどんな姿勢を取っているかも想像が出来る。しかし、にもかかわらず涙は流れていく。嘘だと分かっているのに、涙は止まらず、それと同時に自分の人生に起きた何事かが走馬灯のように煌(きら)めきだし、言葉にならない幸福感に包まれる…。逆に演者として涙を流す場合もある。先に紹介した私の知り合いの人形遣いは自分の感情に溺れまいと自戒して本番に臨んでいる。自分の演じるキャラクターを「動き」「声」「息」という一つ一つの情報に変換し、その情報をより的確に観客に届けることでキャラクターを立ち上げていくという作業を行っている。演技は彼女にとって冷静な行為だ。しかし、それでも時に感情の波が彼女に押し寄せる時がある。気持ちを作ろうとしているわけではないのに、一つ一つの形を的確に重ねていき、それが周りの演者と観客の間で共有されていると感じた瞬間にそのキャラクターの気持ちが彼女にすべてはね返ってきて涙が出るというのだ。その瞬間、彼女は用意してきたすべての演技プランを捨てて、その感情の波に自分を任せるようにしているらしい。彼女にとってそれは至福の時間だからだ。

これは別に彼女が特別な力を備えているからそうなったということではない。彼女の中に沸き上がった感情の波は、人間の潜在的な想像力が目を覚ましたというだけであり、その能力はすべての人間が生得的に持っているものなのだ。観客として涙を流す経験は多くの人が体験しているだろうがそれと同じことで、我々は虚構の中に感動し、涙を流す生き物なのである。ここで我々は大きな問いに気が付く。

「我々人間はなぜそのように生まれついたのか?」

という問いである。

これこそが氏の言う「自分は何者か?」という言葉の核心ではないか。つまり人形劇を含めた演劇とは、演じる側と観る側に分かれて虚構を共有し、想像力を通して「人間とは何者か」に言及する行為なのである。「人間とは何者か」などという問いは非常にスケールの大きな、茫洋とした問いに聞こえるかも知れないが、フィクションに感動して涙を流す経験は幼い子どもでもすでに持っている。我々はこの感動を支えた要素を自分の持っている涙の中に再発見していけばいいのだ。

その作業の中で我々はあらゆる技術が我々の想像力を支えてくれていたことを知るだろう。そして技術が物語と連動して使用されていたことに気が付くだろうし、技術自体に想像力をかき立てる秘密があった事も知るだろう。この行為が勉強である。そして自分の感動を支えてくれた中に先人たちの技術の蓄積を発見する中で我々は謙虚になるだろう。そしてその技術の素晴らしさに再感動するとともに、秘密が分かっても変わらず流れてくる涙に人間への不思議をより一層深めるに違いない。

 

哲学という言葉はそもそも学問すべてを捉えた言葉であったという。アリストテレスは倫理学・政治学・博物学を論じるのと同じように詩学の中で演劇について言及した。

「各々の技術には各々の形而上学がある。」

技術への挑戦は、表現への挑戦。そして人間への挑戦なのである。頑張るしかない。

2015年10月31日 西上寛樹

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