『イノシシと月』(劇団さんぽ/幼保向け作品)創作ノート1−まず山に入った4つのワケ−

新型コロナウイルスの影響で作品づくりを中断せざるを得なかった劇団さんぽさんとの新作『イノシシと月』は、ボク達にとって発見の連続でした。ボク達は何に挑戦しているのか、一体何を発見したのか、ぼっかり空いた時間をたっぷり使って少しずつ振り返っていきたいと思います。

今回の作品づくりのポイントは、

  • 山歩きからのスタート
  • 火を囲む
  • 昔話
  • 手作り竹楽器の生演奏
  • 子ども達のいる創作現場
  • 完全円形舞台
  • その土地に住んでの創作
  • 博多弁

でした。
第一回目の今回は、「まず山に入っ理由」を振り返っていきます。

理由その1、デバイジングに必要な共通体験のため

ボクは最近「デバイジング(ディバイジング)」という創作方法で作品づくりを進めることが多くなってきました。デバイジングとは、一言で言えば体の発見に重点をおいた集団創作のことです。
これまでの児童演劇作品の多くは、劇作家や演出家のプランありきで生み出されてきました。その中でスタッフ陣には、劇作家や演出家の思い描く理想を具現化する力が求められますし、キャスト陣には劇作家・演出家のイメージに近い人がオーディションで選ばれることになります。創作はテキストありき、会議ありき、オーディションありきでスタートしますので脳先行型の創作方法と言えるかもしれません。
これに対してデバイジングは、体先行型の創作方法と言えるでしょう。
演劇は突き詰めていえば、演者と観客がフィクションを介して対峙した時に起こる身体感覚の同期であり、それが成立すれば太陽光の下で夜空を見上げることも出来れば、死者の痛みを我が痛みとして感じ取ることも出来ます。これを単に脳の錯覚と言ってしまえばそれまでですが、この錯覚を通して我々が自分の人生を変えてしまうような大きな発見をしたり、生きる活力を得たりしていることもまた事実です。つまり我々の脳はフィクションを通して生きる力をリフレッシュするように出来ている、と言えると思うのですが、ここで大切なのは、それらが体と体の共鳴によって引き起こされているということです。
デバイジングが体先行型の創作方法であることの意味はここにあり、体の発見を通して創作をしていくことが演劇という営みにとって最も自然なのではないか、というのが今のボクの考えです。そしてその発見のプロセスにおいて、体は一つではなく複数あった方がより豊かな発見を可能にします。脳先行型の会議の場などでは、人が増えると公約数的な意見が力を持ち、ユニークな視点や見解が薄められてしまいがちなのですが、体の発見は、発見したままみんなでシェアし易いので集団創作との相性が良いのも大きな特徴です。
と、まあこんなわけでボク達はまず共通体験を必要としていました。それには「山歩きが一番いいな」と思ったわけです。
ボク、稽古場でシアターゲームとかから入るのダメなんですよね。恥ずかしくて……。(笑)

理由その2、子どもたちは都市生活に飽き飽きしていると思ったから

次は、子どもたちに関してのことです。
ボク達の作ろうとする物語はあくまで虚構(フィクション)ですが、そのフィクションは、必ず現実に支えられていなければなりません。そのため、ボクは劇団さんぽの皆さんに「最近の幼稚園・保育園で気になることや気がついたことはありますか?」と尋ねました。するとこんな言葉が集まりました。

  • 言うことを聞く(聞かせる)教育
  • 朝からずっと音楽がかかっている
  • 忙しい(習い事)
  • ぼ~っとする時間がない
  • 大人が足りない
  • 園にゆとりがない
  • 主任が忙しすぎる
  • 未満児(0〜2歳)の先生たちがどっしりと楽しんでいる
  • 「シーシー」という注意が一番うるさい
  • 給食の準備をするために映像を見せている
  • 体が硬くなっている。緊張感
  • 反対に体が柔らかすぎる。芯がない。腹筋・背筋で支えられてない
  • 反射が弱い。こけても手がつけない
  • 園が狭い
  • 狭い砂場でお風呂みたいになっている
  • 公園に移動して遊ぶ
  • 「おつり」が分からない

これらは単なる批判の言葉ではありません。むしろ、上演でほぼ毎日幼稚園・保育園に通っているさんぽの皆さんは、社会が子どもたちに持っている基本的な抑圧姿勢の最前線に立たされているのが幼稚園・保育園の先生方で、その苦労や辛さが痛いほど分かる、だからこそ「じゃあ私たちに出来ること、提案できることはなんだろう」と考えています。
そして、ボクは皆さんの言葉を聞きながら「こりゃやっぱ山だな」と思いました。だって山にはぼ〜っとする時間はたっぷりあるし、けたたましい機械音は何にもなく、何も気にせず体いっぱい遊べる場所があるわけですから。つまり、上記の指摘は基本的に、我々大人が作り上げた「教育」と、子どもが本来持っている「命の欲求」が衝突しているところに起きているのです。

「未満児(0〜2歳)の先生たちがどっしりと楽しんでいる」

という言葉は、劇を観ている時の先生方の様子を指した言葉であり、「『シーシー』という注意が一番うるさいという指摘に相対した面白い考察だと思います。
おそらく「シーシー」と注意をするのは、3歳以上のクラスを受け持つ先生方でしょう。なぜ先生は「シーシー」と子どもを注意するのか。それは劇というものは黙って観ていなければならない、と思い込んでいるからですね。でもボクがさっき劇とはフィクションを通した体と体の共鳴である、と言ったように本来は観ている側は感じたことをどんどんアウトプットしていいのです。というよりアウトプットしなければ劇にならない。アウトプットは声でもいいし、立ち上がったり、寝転んだり、肩をすぼめたりといった姿勢の変化でもいい。隣にいる友達や後ろの先生やお母さんお父さんと顔を見合わせることでもいい。これらの一つ一つがかけがえのないアウトプットであり、演劇を構成する重要な要素です。歌舞伎の大向こうを想像してみてください。役者の決めに対して「待ってました!」「たっぷりと!」と声が飛びます。今の大向こうの方々はわざわざ練習をしてこの所業に励みますが、子ども達は練習なんかせずに完璧なタイミングでオリジナリティーに飛んだ一言を飛ばしてきますよ。

人形劇団ひとみ座『はれときどきぶた』より


ただ残念なことに演劇が観客のアウトプットによって成り立っている、ということは日本社会にとっては共通認識となっていません。
反対に劇はアウトプットを押し殺して静かに見るものと思われています。ですから先生は「シーシー」。
これを是正していくのがボクにとっての演劇活動であり、子どもたちが誰に憚ることなく元気いっぱいアウトプットしてくれるようになれば、社会の有り様は間違いなく変わると信じていますが、これは現在の「教育」と衝突します。今の教育は子どもたちを「インプットする存在」として位置付けているようですから。

文科省が今年度から小学校に導入した新学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」という言葉もアウトプットそのものというよりはインプットの方法を再定義した言葉だと思います。つまり大人の方が「答え」を設定し、そこに子どもたちがどんなプロセスを経て行き着くかを見ている。これは、「理由その1」のところで述べた脳先行型タイプの学習と言えるのではないでしょうか。脳は設定された答えに向かって動いていくことができますが、体はトライ&エラーを繰り返して物事を掴んでいきます。脳先行と体先行、どちらが子どもにとって自然な学びだと思いますか?

「主体的・対話的で深い学び」は、小学校過程における指導要領だから話が違う、という意見が聞こえてきそうです。ただ、ボクが見る限り大人達は常に先回りした準備を子ども達に強いているような気がします。就職を見越した大学生活、大学受験に備えた高校・中学受験。中高一貫教育を受けるための小学生の塾生活、そして小学校に入るためのお受験……。
さんぽの皆さんのお話から察するに、この日本という国では、大体3歳頃から子ども達は「教育される対象」とみなされているのではないでしょうか。

そんなことからボクは「山だ!」と思いました。
山は自然そのもの。人間の脳によって設計された都市生活と違って、体の発見に満ち満ちているはず。そしてそれこそ子ども達が真に求めているものだと思ったからです。保育園や幼稚園の先生方が、この劇を観たあとに「じゃあ私たちも山に行ってみよっか」と思ってもらえるような作品を作りたいと思ったのです。だとしたら、まずボク達が山に入ってみなければなりません。

理由その3、仮免許生活を卒業したい

3つ目の理由は非常に個人的な理由です。ボクは以前「子どもに伝えられることは何か1 〜『森は生きている』を通して考える」と題した記事の最後を

「来てはいけない道」を歩み続ける都市生活者の自分には、とても書けない物語だ。私は今、仮免許でこの地球を生きている。

https://blog.amano-jaku.com/2019/02/28/mori-1/

と、締め括りました。そしていつか都市生活を前提としない児童演劇を作りたい、その時は作品づくりを通して生きることそのものを見つめ直していきたい、と考えるようになりました。
東京でマンション暮らしをしながらではなかなか難しいことですが、劇団さんぽさんが拠点を置く福岡県須恵町だったらそれは可能なのではないかと思ったのです。だってすぐ近くに山があるんですから。

理由その4、そこに山があるから

というわけで、最後の理由はやっぱりこれです。(笑)
東京じゃ出来ない作品づくりもしたかったんですよね。
そして散々色々言いましたが、登る山は標高数百メートル。しかも登頂を目指すわけでもなく、歩くと言った方がいいくらいのハイキングコース。ただ、そこに4歳の子どもが付いてきてくれたことにより、ボク達の山歩きは発見に満ちたものになりました。

というわけで、次回は山に行った時のことを振り返っていきます。
最後にメンバー紹介。

『イノシシと月』
劇団さんぽ/幼稚園保育園対象作品
出演…篠原弘一、辻和花子、金堀千春
制作…藤井美幸
方言監修&衣装&楽器作り協力…劇団さんぽ
音楽・振り付け…RINA(劇団アフリカ)
脚本・演出…西上寛樹

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