はれぶたは、音出しをiPodで行なっています。コードは使わないWiFiを用いたワイヤレス接続です。というわけで今回はテクノロジー系の報告です。
目次
少人数作品の悩み
少人数編成での上演でまず問題となるのは、音と照明をどうするかということです。オペレーターを連れて行くことは出来ないけれど、やっぱり音響や照明を使いたい。これには各創造団体が苦心をしながら工夫を凝らしているというのが現状でしょう。
- 袖に引っ込み、機材のスイッチを押して素知らぬ顔で再登場する
- 人形を掲げた状態で実は足でフットスイッチを踏んでいる
でもそれは「隠れるところがある」前提の話です。人形劇でもケコミがあれば、その中に隠れて音を出したり照明を変化させたりすることも出来ますが、はれぶたのように演者が見えた「出遣い」の形ですと機材を隠せる場所がありません。そこでよく見かけるのは、
コードを幕の陰から伸ばしてスイッチを隠しておく
というような方法ですが、これはナンセンス。そんなことしたらかえって目立って見苦しくなってしまいます。優しいお客さんは気がつかないフリをしてくれていますが、実は全部バレてます。そして観客の想像力を削いでしまっている。
ではいっそのこと狂言師や落語家のように身一つで場面転換も効果音も音楽も全部やってみるかといっても、現代劇ではなかなか成立しないでしょう。いや、そういう場面があってもいいかもしれませんが、「全編通して」は、難しい。特に芸能にとって音楽は欠かせないものです。音をどう出すかというのは、少人数作品の悩みの種なのです。
はれぶたの場合
はれぶたは、生演奏でいくというのは最初から決めていました。ボクは人形を遣うことも、語ることも、演奏することも全て「物語る」という行為だと考えています。ですから、はれぶたは割と早い段階からギターを使った生演奏でいくことを決めていました。でもそうなると、音楽が欲しい時には、楽器に1人取られることになってしまいます。これは痛い。はれぶたは三人芝居です。1人楽器に取られたらもうあと2人しかいません。でも人形劇においては「介添え」という仕事がとても重要てす。鉛筆を持つのも、ランドセルを置くのも、ただ歩くことでさえも、表現を丁寧に作ろうと思えば、主遣い1人では出来ません。全部介添えが必要なのです。そうなると楽器に1人、主遣いに1人、介添えに1人。これで3人全部使ってしまいます。じゃあ、もう一体の人形は誰が出してくれるんですか? こうして全て生演奏で行こうとするとすぐに手詰まりになってしまうのです。
だから機械で音を出す必要がある。けれども音を出すためだけに袖に引っ込む、という事はしたくない。それは観客にとっては無駄な動きだからです。じゃあやっぱりコードを引っ張ってくるか…それは見苦しい。
ああ、予算さえあればオペレーターを連れていけるのに…
何度稽古場で嘆いたか知れません。でも予算の問題は劇団だけでなく、我々を呼んでくれる観客側との問題でもあります。少子化が進み、今は作品の小規模化に歯止めが効かない状態です。泣いていても始まらないんですね。このスイッチ問題をどうにかしなければ、今を生きる児童演劇人達は、予算の面で妥協したことになってしまいます。
はれぶたは、この問題と正面から向かい合いたいと思いました。そこで考えたのがワイヤレス接続です。世の中を見れば、時代はネットもイヤホンもスピーカーもワイヤレスの時代。この中に何か舞台で応用できるものがあるのではないかと思ったのです。まず頭に浮かんだのは、スマートスピーカーでした。
スマートスピーカー
ご存知AI搭載のスピーカーですね。これを使って「OKグーグル次の曲かけて」とかやったら面白いかもなあって思ったのですが…これは2秒で断念しましたね。いや、「グーグル」は、はれぶたに関係ないですからいちいちそんな宣伝みたいなことできません。何より舞台で使うにはスピーカーのパワー自体が全然足りませんでした。
Bluetooth受信機
もう少し真面目になって考えたのは、Bluetooth受信機です。これは、手持ちの音響機材(iPodをはじめとするポータブル音楽プレイヤー)からの信号をBluetooth受信機を使って音響卓に送ってそしてアンプを通して音を出すという方法です。この時の実験の様子を稽古場日誌からみてみましょう。
2017/10/18 Bluetooth実験
午前は、Bluetooth実験。上記写真のAUKEY製Bluetooth受信機を使ってどれくらい使えるものか実験してみた。受信機はわずか2000円程度。メリットとデメリットを記す。音出しはiPhone、androidOS、blackberryOS、WindowsPCで。すべて受信。特に専用のアプリではなくそれぞれ標準の音楽アプリを使用。
メリット
…同時に2台まで接続できる。
…感度は良好。距離は10メートル程。鉄扉を間に挟んでも受信してくれる。
…音量も十分稼げる
デメリット
…接続が確認されたときに「ピコン」と音がする。
…アプリを起動したときも同様の音が鳴る。
デメリットについては致命的。いちいちアプリが起動した時に音が入ったのでは全く使えない。この接続音さえなければ音質・安定感としては実用レベルなのだが…
というわけでBluetooth受信機プランも結局断念しました。でもBluetooth接続自体はそれほど悪いものではなさそうです。でもワイヤレス機器導入の問題はテクニカルな問題だけではなかったんですね。前回の記事でも取り上げた通り、はれぶたのメンバー3人は「柔軟で前向きなアーティストたち」なのですが、この新しい機械の導入についてだけはかなり消極的でした。先ほどの日誌の続きには、当時のボクの愚痴が書き込まれています。
メンバーの不安
それにしても、この機材の実験にメンバーが二の足を踏むのにはかなり辟易させられた。皆不安ばかりを口にする。大前提である「三人で音響もこなすために模索している」という事を忘れているのか。まあ、これも仕方ない事だ。今舞台音響は過渡期である。専門のオペレーターを連れて行く予算はない。しかし音は出したい。でも新しい機材には不慣れ。過渡期には不安がつきものだ。聞けばオープンリールからMDに機材がうつる時にも、プライベートではMDを使っているのに「本番中、機材が止まったら対処できない」と渋った人も結構いたらしい。(オープンリールは切れてもその場で物理的につなぎなおす事が出来る)基本的に同じことだ。
こうして途方にくれていた時に救世主が現れます。ひとみ座の若き音響田中翔くんです。
救世主現る
翔ちゃんは、ボクがひとみ座を辞める年に入ってきた、ひとみ座では珍しく音響・照明を専門にしているスタッフです。寡黙ながら探究心の強い性格で、どんどん新しい事を調べて自分の中に取り入れていくタイプの人でした。その上機材にもコンピューターにも強い。ボクは翔ちゃんを頼りに頼りました。
ボクがワイヤレス接続に求めていたのは以下の要因です。
- 安定した接続(大前提)
- タイムラグのない動作(再生ボタンを押したら同時に音が出てくれないと芝居では使えない)
- フェードイン・フェードアウトなどにも対応(芝居で使うものなので)
- 出来れば照明も使いたい
結果的に翔ちゃんはこの全ての要求に答えてくれる仕組みを構築してくれました。それがこちら。QLab4というアプリケーションです。
QLab4
そう。英語なんです。ですからボクはこのアプリケーションについては詳しく知っているわけではないのですが、このアプリケーションがすごいのは音と明かり両方に指令を出せることです。ちなみにこのアプリケーション自体はMacで操作します。ボク達の場合だと袖にMacBook Airを置いています。それを演者がiPodで操作する。音を出したり、照明を変化させたりを舞台上のどこにいてもスイッチ一つで行うことができるのです。動画をみてみましょう。本番での操作場面をまとめてみました。
ご覧のように全てiPodで操作しています。操作方法が観客にはっきり分かる時と「あれ? どうやって出したの?」と分かりづらい時があると思いますが、それは演出の指示です。全部隠して音を出そうとするとかえって目立ってしまいますから、見せられるところは操作する方法を見せてしまっているのです。
照明については、実はこの動画の時は初演の特別バージョンだったので、照明オペレーターさんが操作してくれていますが、これからの本番でも演者の操作で同じタイミングで照明が変化する予定です。まあ、はれぶたに関しては「客席明かりを消さない」という事を一つの演出的テーマにしていますので、照明変化はそんなにないんですけどね。
初演を終えてみて
演出としては3人芝居の制約に対して新しいテクノロジーを用いる事で表現の幅を広げられたと思っております。全て田中翔くんという若い技術者がいてくれたおかげです。彼がいなければ、ボクはどこかで今回のプランを諦めていたでしょう。アプリケーションは市販されているものですが、機械にそれほど強くないボク達が上演で使える状態までセッティングする事はなかなか難しかったと思います。
翔くんのバックアップの元、俳優陣は稽古を通して少しずつ苦手意識を克服していきました。そして全12ステージという本番をひとまず無事終えたのです。新しいテクノロジーを取り入れていく為には恐れない挑戦とやっぱり「慣れ」が必要ですね。
賛否
演劇関係者の中で、このiPodでの音響操作には、違和感を持った方がいらっしゃった事も事実です。でもこの挑戦を「新たな挑戦」として面白がってくれた方もいらっしゃいました。それは同世代の方々でした。作り手として「これはいける!」と思った瞬間でしたね。
では、観客の反応はと言いますと…若いお母さんや子ども達は、ことさらそんな事に注目せず、当たり前の事として観ていたような気もしました。そうですよね。世の中に出回ったテクノロジーを舞台上で使っているだけなんですから。
最後に
何もボク達はこのiPodに頼りきりで音を出しまくっているわけではありません。音楽の半分以上は生演奏。効果音の半分は演者が口で表現しています。映像なんて使いませんし、「生の表現」が印象に残る舞台だと思います。
ボクは演出として、人が人の前で演じるという事の本質を考えるのが仕事だと思っています。
しかし、原理主義はよくない。どこかでは機械の力を借りた方がいいところは絶対にあるのです。そしてそれがまだ構築されていないシステムを必要とする時がある。今回は、そこに恐れずに挑戦することができました。同じような悩みを抱えた劇団・アーティストは沢山いるのではないでしょうか?
ボクは今回導入したシステムについては解説できませんが、ぜひそういう方は、ひとみ座の田中翔くんを訪ねてみてください。きっとあなたにあったワイヤレスの環境を構築してくれると思います。専門のスタッフが一緒に模索してくれるのは、やっぱり心強いですよ。
ひとみ座ホームページはこちらです…http://hitomiza.com/
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